2021年8月30日月曜日

日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆8月30日(月)の発見:臓器提供について

今日の「ナイト・ドクター」のテーマは、臓器提供についてだった。

ドラマ内での結論は、ドラマを見ていただくとして、私の考えについてここでまとめてみたいと思う。

まず、臓器移植について反対か賛成か。

提供された臓器を移植する手術が行われることについては、賛成である。命が繋がれていくということは、素晴らしことだと思う。

では、臓器提供については反対か賛成か。

矛盾するようではあるが、これについては賛成とは言えない。臓器売買というビジネスが存在する現実に、美談では済まされない現実がそこには存在するからである。 売る側と買う側には、弱者と強者の関係が成立する。人間の体そのものがビジネスになるのは、人権を無視した行為であり、絶対にあってはならない。いろんな国で厳しい規制があるものの、悲しいことに実際にどこまで規制が守られているのか、わからないという現実が存在する。(実際は噂だけで、実際には臓器売買は行われていないのであればいいのであるが・・・)

それともう一つ、これが私が臓器提供について素直に賛成できない1番の理由なのであるが、もし、自分が誰かから臓器提供を受けなければ生きられない立場に立ったときの自分が怖いのだ。誰かが亡くなったと聞くたびに、死を悲しむより前に臓器提供者かどうかを気にしてしまいそうで、それが非常に怖いのだ。人の死を純粋に悲しめない自分になるのがとても嫌だ。人間として正しいことをしようと一生懸命生きてきた今までの自分を裏切る行為だからだ。 自分自身を裏切るくらいなら、臓器提供など受けずに死んでいきたいと私は考える。

では、受ける側としてではなく、臓器をあげる側ではどうか。人の役に立つし、人の命をつなげてあげることができる。ただ、この場合も同じで、誰かの死を願う人の存在がどうしても受け入れられない。死んだ後、どうされようが自分ではわからないから関係ないと言えば関係ないのかもしれない。ただ、どうしても受け入れられないのである。もちろん、医療ドラマでドナーが現れ、命が助かったという話を見ると、涙を流しながら、「良かったね」とは思う。ただ、割り切れない思いも同時に感じてしまうのである。

自分でなく、自分の家族だったらどう思うだろうか。

もし、息子がドナーを必要とする病気にかかったら、もし、息子がドナーになる選択をしたら、私は一体どう考えるだろうか。

この割り切れない思いに折り合いをつけることができるだろうか。納得できるだろうか。

今の私には、答えが出せない。

答えが出せない以上、賛成と言うわけにはいかない。

この問題については、もっといろいろな立場から、時間をかけて考えていきたいと思う。

 


 

 

2021年8月29日日曜日

日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆8月30日(月)の発見:ドラマホリック

最近、やたらとドラマをつけている。まるで中毒患者のようだ。

確かに昔から、ドラマを見るのは好きだったが、最近は異常だ。仕事や勉強している時も、ドラマをつけて、BGM代わりに、ドラマを流しているのだ。

好きなドラマだから見ているのではない。ドラマの内容が気になるわけでもない。だから見たことあるやつでもなんでも構わない、ドラマなら。

好きなドラマは、きちんと見ている。韓国ドラマの「賢い医師生活」や「ハコヅメ」は大好きなので、これはきちんと見ている。

それとは別に、ドラマを見ているというより、ドラマを流している時間が異常なほど多いのだ。なんでこんなにドラマを流していたいのだろう。

たぶん、会話が聞きたいのだ。人が話している会話を切望しているのである。

緊急事態宣言が出て、外出自粛をするようになり、家に籠る時間が多くなった。ひどい時には、家から一歩も出ないことがある。必然的に、人と会話する時間がなくなった。そう、会話に飢えているのだ。

スーパーやコンビニに買い物に行ったとしても、たいていセルフレジになっていて、店員さんとわずかな会話すらすることがない。

だから、ドラマを流すことで、人との会話を聞きたいのだ。会話のある時間を忘れないようにしたいのだ。

たとえドラマであったとしても、人が楽しそうに話しているのを聞くと、少しホッとする。一人ぼっちではないと思えて、安心する。

人に会えない日々というのは、ある意味、幽閉されているようなものだ。だから、ドラマを見ることで、ドラマの会話を聞くことで、現実逃避しているのだ。

これが最近のドラマホリック症状の原因ではないかと、自分なりに分析した結果だ。

ようするに、人恋しいのである。キャッチボールのように双方向でのやりとりができる本物のSocial Lifeに飢えているのである。

 早くコロナ終息してくれ〜

 

 

 

 

 

 

 


2021年8月26日木曜日

日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆8月26日(木)の発見:Boys Talk

 最近、家で仕事することが多くなり、家から一歩も外に出ないことがある。ここ2日ばかり家に引きこもっていたので、今日はちょっとスタバに行って、優雅な気分に浸りながら仕事をすることにした。

今日のスタバでのこと。私の席の近くに、大学生らしき男の子が三人いて、結構大きい声で話していた。人様の話を盗み聞きする気は毛頭なかったものの、「すずはさあ〜」「まさみは〜」などなど、芸能人の名前みたいなのがやたら聞こえてきた。なんだなんだ。聞いたことがある名前ばかり出てくるぞ。自然と耳がダンボ状態になってしまった。

話の内容はというと、芸能人のあの女の子が彼女だったら、とか、あの子は彼女より女友達がいい、とか、真剣に三人でもしも話をしていただけだった。

心配しなくても、君たちの彼女にはならないから・・・などど、心の中でひとりツッコミしながらも、何歳になっても、こういう会話ってあるんだなあ〜と、ちょっと微笑ましく思ってしまった。

私も昔はマットが〜、トムが〜など、自分の彼氏だったらと想像していたっけ。私は当時日本で大人気だったたのきんトリオより、ハリウッドスターが大好きだったので、私の頭の中の彼氏はマットやトムだったのよね。今ではおじさん化してしまったマット・ディロンやまだまだ現役のトム・クルーズなど、イケメンがたくさん出演していたアメリカ映画「アウトサイダー」が特に大好きだったのよね。

ちょっと懐かしい気持ちを思い出した、というお話でした。

 

 

 

 

2021年8月25日水曜日

日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆8月25日(水)の発見:ビジネススキル

はるか昔に勤めていた貿易会社では、一応営業職だったので、それなりのビジネス感覚というか、商人としての侘び寂びというか、取引先との駆け引きを勉強させてもらった。駆け引き上手かと言われれば、すごく下手だったけれど・・・。

商売の駆け引きって、男女の駆け引きと全く同じで、押すだけではダメ、引くだけでもダメ。いい塩梅といいタイミングで押したり引いたりしなければ、うまく成立しない。

この時に学んだのは、駆け引きに必要なものは、自己肯定感の強さだということだ。自己肯定感が強くなければ、押すこともできないし、引く勇気も持てないのである。

生まれてこの方、3番を目指して生きてきた身としては、自己肯定感が強いはずもなく、押されたら3歩どころか5歩下がってしまう。ましてや引く勇気なんてあるはずもなく、「そんなこと言わずにお願いします〜」と藁をもつかむ勢いですがってしまうから、相手の思うツボと化してしまっていたのだ。

 それでも、この貿易会社で5年も押したり引いたりしていたので、多少は図々しくなって、ツンデレのわざなども見よう見まねで取り入れられるところまで成長した。

 ただ、その会社をやめてから、全然別の仕事についてしまったので、結局、また元のツボに戻ってしまった。

コロナ禍の今、再び、あの商人としての侘び寂びを求められるようになってしまったのである。ツボに戻ってしまった身としては一大事である。コロナ以前から、フリーとして何ヵ所かで仕事をしてきたのだけれど、この長引くコロナ禍で、今までのように黙ってても仕事が舞い込んでくることがなくなってしまった。自分を売り込み、クライアントに数いる同業者の中から選んでもらわなければならなくなってしまったのだ。

 自分を売り込むなんて、どうやったらできるのか。「できます」なんて軽く言ってしまって、「やっぱできない」なんてことになったら信用失くすし、でも、最初からできないなんて言えない。できるかもしれないし。

強気の値段を掲げてもだめだし、かといって、ただ値段を下げて安売りするのもプライドが許さない。下手に安売りしては、質も落ちそうだし。

商売の駆け引きも、男女の駆け引きも下手くそなまま、何十年と過ごしてしまった私が、これからどうやってまた押したり引いたりする術を身につけていけばいいのか 。

でもよく考えてみれば、この駆け引きの技を今からでも習得できれば、ビジネスだけでなく、恋愛も成就するってことだよね💞

なんか、ちょっとだけワクワクしてきたぞ!

とりあえず3ヶ月、試行錯誤してみよう!




2021年8月24日火曜日

日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆8月24日(火)の発見:もしも生まれ変われるとしたら・・・

 もしも生まれ変われるとしたら、何になりたいか。

ひと昔前だったら、男になりたいと言っていただろう。理由は、男だったら女よりも自由に安全にどんなところにも行けるから。 

女だけで旅行とかしたら、危ないところが山ほどあって、少しばかり行動を慎重にせざるを得ない。でもこれはよく考えたら、女だけではなく、男だって同じなんだよね。男の方が多少力があるから、いざというときには身を守れるかもしれない、てだけの話であって、男だろうが女だろうが危ないもんは危ない。だから、男になりたいという考えはもうやめた。

で、今はというと、医者になりたい。海外のMedical StudentのYoutubeを見るのが好きで、よく見ているのだが、みんなすごく真面目に勉強していて、時にはストレスに押しつぶされそうになりながらも、諦めず、投げ出さず、コツコツと勉強に励んでいる姿にすごく感動するのだ。

 それに今の私の頭脳と忍耐のなさでは、到底医者にはなれっこないので、生まれ変われるのならば、今の私ではできない人になりたいのである。

 今ちょうど入学の時期なので、いろんな大学でWhite Coat Ceremonyというものが行われている。何かというと、医学部に入学した学生が初めて白衣に袖を通し、聴診器を首からかけて、医学部のオリエンテーションに出席するというものだ。白衣を着他まま記念写真をとり、いつか正式な医者として白衣を着ている自分をイメージさせ、医者としての自覚を育てていくのである。

その様子がなんか微笑ましくて、みんなの目がキラキラしていて、とってもまぶしくて、つい応援したくなってしまう。

もしも生まれ変われるのなら、私もこの一員になりたい。 そして、人の役に立てる人間になりたいと思う。

どの人もみんな生きているだけで、誰かの役に立っているのだと思うけれど、特に医者はそれがとても明白なので憧れてしまう。

なあんて、もしもの話ばかり考えていてもしょうがない。現実には起こらないことなんだから。それよりも、今の現実の中で、自分にできることを考えるべきだよね。今の私でも人の役に立てることは山ほどあるのだから!!

 



2021年8月23日月曜日

日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆8月23日(月)の発見:3番の美学

何年か前に、予算の仕分けのためのヒアリングで、「2番じゃだめですか?」と国会議員の蓮舫さんが、質問して話題になったことがある。このときに質問を受けた研究者の方たちは、絶句してしまったと記憶している。

オリンピックで、銀メダルや銅メダルを取ったら、謝罪する選手がいる。

どうして1番でなければならないのか。

これは私が子どもの時からの疑問である。

私は負けるのは嫌いだけれど、1番も嫌いだ。

だって、一度でも1番を取ってしまったら、次が大変だもん。

次の時、たとえ2番だったとしても、下がった、悪くなったと言われてしまう。ましてや、1番だと、さらに上という目に見えない目標を自分で思い描かなければならないし、人から追われる立場になる。そのプレッシャーといったら半端ない!

そんなプレッシャーを抱えながら生活していくのは、辛いものがあるので、私は3番というポジションが大好きなのだ。

2番だと、1番に近すぎる。ちょっとした運ですぐに1番になってしまいかねず、危ないポジション。

でも3番だと、人から目標にされることもなく、ちょっとした運だけで二人をごぼう抜きできるわけもない。常に1番というはっきりした目標が見えるので、モチベーションも保てるし、あまり目立たないポジションなので、プレッシャーも少ない。

かといって、3番は悪いわけではなく、しっかりメダルも貰える。こんなにおいしいポジションは他にないと、私は思っている。

もちろん人生最後の勝負となれば、1番狙いも悪くない気はするけれど、人生何十年と生きていくには、3番というポジションは最高なのである。

 

 


 


2021年8月19日木曜日

日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆8月19日(木)の発見:自己アピール

今、わけあって自己アピール文を書かなければならないのだが、昭和のひたすら脳みそに詰め込む教育を受けてきた身には、非常にハードな作業なのである。昭和の教育は、考えるより覚えることが重要だったので、私の頭はすぐに固まってしまった。

あまり自分で考えることなく、先生の言うことだけ、良いか悪いか関係なく、逆らわずに聞いていればそれなりの点数は取れたので、ある意味楽は楽だった。授業はひたすら先生の言ったことや先生が書いた黒板をメモっておけばそれで良かったから。

その分、アメリカに留学してからが、モーレツに苦労した。(”モーレツ”って死後か?)だって、英語を聞き取るだけでも大変なのに、自分で考えなければいけないし、考えるだけではだめで、それを伝えなければならないのだから、私の脳みそはいつもオーバーヒート寸前だったっけ。

今となっては懐かしい思い出だけど、そんな干渉に浸っている暇はない。

社会に出てからは、アピールしなければ仕事の評価が下がるので、どんな小さなことも必死にアピールしまくっていたっけ。私の自己評価表を見た日本人の上司に「え、こんなに書くの?」といつも言われていたっけ。かなり自己アピールには慣れてきたつもりでいたけれど、久しぶりに書かなければならなくなって、大苦戦。あの時の図々しさはどこへ行った〜。

どうして今回自己アピールが書けないのか。年取って、図々しさが増しても良さそうなのに。いつの間にかおしとやかなマダムになってしまったのかしら・・・。

マダムだろうがなんだろうが、とにかくアピールしなければ、仕事獲得できなくなってしまう。正直言って、お金がかかったら怖いものなんてなくなってくる。

あとは覚悟だけ。誰になんと言われようが関係ない。仕事ゲットしたらこっちのもんだい!嘘はだめだけど、小さなことでも自信を持って伝えていこう。

書いているうちにどんどんその気になってきたぞお〜


日日笑好日 ☆☆  一日一個の幸せ発見ブログ ☆☆12月11日(土)の発見:明日、犬をお迎えする!

 ついに、明日! 我が家に犬がやってくる! お迎えの準備もバッチリ!(たぶん・・・少なくともYouTubeなどで見た必要なものは全て揃えた) 嬉しくて、ワクワクしている気持ちと、命あるものをお迎えする責任感とで少々緊張気味。 何とかなるやろ〜 犬の名前は、朝陽くんに決定。姓名判断...